咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

胡蝶 2

  このクニではすべてのイノチは、「この世」での時間を使い果たすと、「この世」での姿を捨てて「あの世」に行きます。

 他のクニ、「あの世」は遥か遠く離れた処だそうですが、ここでは、故郷の山の高みなどにあるようです。

 そして、このクニのイノチは死んでも近場の「あの世」から永く子孫を見守りその幸福を祈ります。

 とはいえ、イノチがいるこの場所は、どうやら「あの世」ではないようです。

「はは。お前は『この世』と『あの世』のはざまにある、『はざまの世』にいるのさ」

  青い狐面の右手にいる赤い狐面の囁くような掠れ声が、イノチの心を読んだように笑います。

「ここはすべてのイノチが『この世』から『あの世』に渡る時に通る処よ」

  赤い狐面の右手にいる白い狐面が深く低い声で教えてくれます。

「そして、こちらにおわすのが、『はざまのカミサマ』です。この世界の主様です」

  白い狐面の右手にいる黒い狐面の影法師が静かに続けます。

  その柔らかい声と紅い唇、そしてその身体つきから、黒狐は女であろうとイノチは思います。

  イノチの頭上、つまり、黒狐の女が示した場所には、光が渦巻いて見えます。

  その渦の中心は光の珠のように見えます。

「あたたかい」

  イノチは、光る珠と自分には、何かの繋がりがあることを感じました。

「はは。お前と同じく我らも、そしてこのクニのすべてのイノチも、主様と繋がっている。なにしろ主様は、この国の森羅万象の精霊の王なのだからな」

 青狐が甲高い声で語ります。