咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

胡蝶 1

「胡蝶でした」

 そのイノチは気づいた時には、そう答えていました。

「この世」を離れて「この世」の姿を捨てた時には、一瞬、イノチの意識が遠くなりました。

  その次の瞬間にはイノチの眼前いっぱいに青い狐面が現れました。

  そして青い狐面から「この世」での姿を尋問されたのです。

「ほう。この季節には珍しい。では、お前は胡蝶であったのだな」

   青い狐面を付けた影法師は、少年のような甲高い声で念を押しつつ、イノチの眼前から瞬息で離れます。

  人の姿形の影法師はイノチの足元の淡く輝く床に平座しています。

  輝く床の形は正方形で、すべての角に、狐面を付けた影法師が平座しているのが見えます。

  影法師が付けている狐面の色は青、赤、白、黒の四色。影法師の形は黒を除けば、みな同じ形です。

  影法師は淡い光を背負っていて、その光が影を深めて、影法師の輪郭を鮮やかに描き出しています。

  輝く正方形の床に垂直に立つ壁も淡い光を放っています。

  それらの壁面にはたくさんの小窓があって、その向こうには様々な風景が見えます。

 小窓は見上げると遥か上空まで、そして見下ろすとかすむほど遠くまで続いています。

 この場所は無限に続く光の柱の内部のようにも思われます。