咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・47

 クモは、蟻たちが退散した戸を閉めます。

 変わり果てたケムシの体に触ってみます。

 そのケムシの体の表面にすうーと切れ目ができます。

 なんとケムシの脱皮が始まったのです。

「そんな、まだ、春は遠いのに」

 冬を越すクモは、ケムシが春には蝶に生まれ変わることを知っていました。

「ケムシくんに、『その時』が来た」

 クモの前に父親のクモが現れました。

「父さん。父さんの姿が、はっきりと、姿が見えるよ」

「今は、ケムシくんがケムシではなくなる境界、『はざまの時』だ。こんな時には、「こちら側の世界」と「あちら側の世界」が繋がるのだ」

 クモは、突然現れた父親の説明をききながら、一緒になって息をひそめてケムシがケムシでなくなる瞬間を見守ります。

 黒いケムシの中から、真っ白な翅を持った蝶が現れます。

 見守るクモたちの前で、真っ白な翅がだんだんと黒くなります。

 やがて、その翅は漆黒に染まりました。

 黒い蝶に姿を変えたケムシが羽ばたきます。

 黒い蝶は、部屋の中を飛んで壁にぶつかります。

 思わず、クモが戸を開けます。

 戸の外は、まだ夜。

 いつしか、雪が降っています。

 雪は音を吸い込むのか、窓の外は恐ろしいほどの静寂です。

 暗闇の中を舞う雪。

 けれども、その雪の向こうから、甘い花の香りが。

 その香りに、クモたちの胸にも花が咲きます。

 その時。

 黒い蝶は、その香りに誘われるように、部屋の外に飛び出します。

 闇夜に舞う白い雪の中を飛ぶ、漆黒の翅の蝶。

 クモたちはその姿を見送っていました。

「ケムシくん。こちらの世界にようこそ」

 クモの父親は、そういうと姿を消してしまいました。

 その時、クモは、いつも傍に感じていた父親の気配までが、消えてしまったことを感じます。

 いつしか、雪は降りやんで、空の彼方に暁の光。

 時は夜と朝のはざまの時、かわたれとき。

 クモは、今まで父親の姿があった場所に向かっていいました。

「そうか。父さんと、ケムシさんは、春のカミサマになったのだね」

 そういったクモの顔に、暁の光がさしました。

                                   

                     終