咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・46

 ケムシの体は、色が変わって固まってしまっています。

 その体を地中に運び込もうと、蟻がケムシに群がっていたのでした。

 

 この村の地下にある、女王蟻とその家族からなる蟻の王国では、前の冬から深刻な食糧難が起きていました。

 冬になるとできるはずの虫の亡き骸が、ほとんどできなくなってしまったからです。 

 蟻たちは家族の命を繋ぐため、普通なら蟻が侵入しにくい小石の隙間のケムシの家にまで入り込んできていたのでした。

 蟻たちもまた、必死に家族の命を繋いでいました。

 

「ケムシさんを放せ」

 クモが叫んでも、蟻たちは動きを止めません。

 中には、ケムシの体の表面を覆っている硬い殻のようなものを、齧り取ろうとしている蟻もいます。

 クモはたまらず、蟻たちに襲いかかります。

 蟻たちは大勢いますが、クモのほうが体も大きいし、なにより蟻よりも手足が二本多いのです。

 もっといえば、クモは蟻を食べることさえあるのです。

 荒れ狂うクモに、蟻たちは驚いて逃げてしまいます。

 蟻たちにしても、ケムシが動かなくなったからこそ、土の中に運び込もうとしていたのです。

 蟻たちは、土の中に逃げ去りました。

「ああ、蟻が私を連れに来たのか。私は、蟻たちの命を繋ぐことになるのか」

 身動きができないケムシは、微かに聞こえるクモの声に、自分の状況を理解しました。

「もしかしたら、私は、蟻、たちの、カミ、サマに、なるの、か」

 がくがくがくがく揺れる体で、ケムシはそう思います。

「いや、きっと、違う。だったら、クモ、さん、は、私、に、動け、とは、いわないだろう、から」

 ようやく、体の揺れが止まりました。

 ケムシの意識が遠ざかっていきます。

 ケムシの意識は、深くて暗い闇の中を墜落します。

 暗闇の底に、すとんと止まったケムシは、頭上遥かにほのかな光を感じます。

 そしてその光の方から、あの甘い香りが。

「ああ、私の行き先は、きっと、向こうだ」

 ケムシは上を向いて、笑いました。

「おそらく、私は、この為に生まれて来たのだ」