咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・45

 クモが夜通し駆けて隣村からやってきたのは、クモのところに、また、父親が現れたからです。

 夢に父親のクモが現れて、ケムシの危機を告げたのでした。

 それまでにも、クモは父親の夢を何度も見ていました。

 父親は夢に現れるたびに、クモに生まれた村に帰るように頼んできました。

 クモも自分が生まれた村に帰りたいとも思いはしました。

 しかし、自分がいなくなったら、今住む村には仕立て屋がいなくなってしまいます。 

 クモは今の村や村のみんなを、大切に思っていました。

 そして、クモが父親と同じく、虫たちにミノを作ったことから、村の虫たちもクモのことを大切にしてくれました。

 そんな折、沼地の村からクモの息子が、帰ってきました。

 驚いたことに、沼地の村は、大雨の時の津波で沼に沈んでしまったというのです。

 クモの息子は咄嗟に大木に糸を飛ばして空に浮かぶことで、襲い掛かる波から逃れることができました。

 けれども、沼地の村の虫たちは、水の底に消えたのでした。

「僕も、爺さんや父さんのように、みんなのミノを作っているところだった」

 クモは、自分が父と同じように、村の虫たちのミノを作っていることを、沼地の息子に手紙で知らせていたのでした。

 手紙にはケムシから分けて貰った針を添えてありました。

 悄然として沼地から帰ってきた息子はいいました。

「僕は、誰の命も繋ぐことはできなかった」

 そういう息子を黙って迎えたクモは、生まれた村に帰ることを決めます。

 この村の仕立て屋という居場所を、息子に譲ることにしたのでした。

「お前が生き残ったことには、きっと意味がある」

 

 亡き父の夢のお告げを信じて、生まれた村に急いで帰ってきたクモが見たのは、蟻に囲まれたケムシの変わり果てた姿でした。