咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・44

  気がつくと、ケムシの体は、こんどは、黒い蝶になっています。

「やはり、ぼくはまた、夢を見ているのか」

 とにかく黒い蝶のケムシは、真っ白な「はざまの世界」から飛び出します。

 外は一面の銀世界。

 雪景色に、ケムシの黒い蝶の姿は、よく映えます。

 これならば、あの紅い花も気づいてくれるでしょう。

 しかし、ケムシは雪空が暗いことに気づきます。

 夜でした。

 雪は止んでいます。

 真っ白い雪が舞っていたのならば、ケムシの黒い蝶の姿も映えたかもしれません。

 けれども、漆黒の夜空の下を、漆黒の翅で飛ぶケムシの姿は、闇の中に溶けてしまいます。

 そもそも、夜なので花びらを閉じてしまっているのか、紅い花の姿も見えません。

 ケムシの心も闇に飲まれようとしました。

 ケムシは、目を閉じてしまいます。

 その時、香りがします。

 この香りは、あの紅い花の香りです。

 間違いありません。

 夢か現か、定かではない世界で、ただ一つ、確かな香りです。

 漆黒の翅をはためかせて、ケムシは紅いの香りを辿ります。

 見えました。

 ケムシは蝶の翅をはためかせます。

「あなたは、美しい」

 ケムシは翅をはためかせてそう告げます。

 聞こえたのか。

 聞こえたのだ。

 紅い花が、閉じていた花びらを開きます。

 ケムシは、甘い香りに包まれながら、蝶の翅のはばたきが、紅い花の命を繋いだことに気づきます。

「ああ、私にも特別な、大切なものがいてくれた」

 黒い蝶のケムシは、暗闇に墜落しながら笑いました。

 墜ちていく黒い蝶のケムシは、周囲にクモやミノムシ、バッタたちみんながいることに気づきます。

 

 そこで、ケムシは、目を覚まします。

 ケムシの前にクモが姿を現しています。

「ケムシくん、動け」

 クモが叫びます。

「家の戸が開いたままだ。戸を閉めろ。このままだとケムシくんの体が危ない」

 そこでケムシは、ほんとうに目を覚ましました。

 ケムシの体が、激しく揺さぶられていました。

「ケムシさん、ケムシさん」

 ケムシの体を激しく揺すぶっていたのは、クモの息子でした。