気がつくと、ケムシの体は、こんどは、黒い蝶になっています。
「やはり、ぼくはまた、夢を見ているのか」
とにかく黒い蝶のケムシは、真っ白な「はざまの世界」から飛び出します。
外は一面の銀世界。
雪景色に、ケムシの黒い蝶の姿は、よく映えます。
これならば、あの紅い花も気づいてくれるでしょう。
しかし、ケムシは雪空が暗いことに気づきます。
夜でした。
雪は止んでいます。
真っ白い雪が舞っていたのならば、ケムシの黒い蝶の姿も映えたかもしれません。
けれども、漆黒の夜空の下を、漆黒の翅で飛ぶケムシの姿は、闇の中に溶けてしまいます。
そもそも、夜なので花びらを閉じてしまっているのか、紅い花の姿も見えません。
ケムシの心も闇に飲まれようとしました。
ケムシは、目を閉じてしまいます。
その時、香りがします。
この香りは、あの紅い花の香りです。
間違いありません。
夢か現か、定かではない世界で、ただ一つ、確かな香りです。
漆黒の翅をはためかせて、ケムシは紅いの香りを辿ります。
見えました。
ケムシは蝶の翅をはためかせます。
「あなたは、美しい」
ケムシは翅をはためかせてそう告げます。
聞こえたのか。
聞こえたのだ。
紅い花が、閉じていた花びらを開きます。
ケムシは、甘い香りに包まれながら、蝶の翅のはばたきが、紅い花の命を繋いだことに気づきます。
「ああ、私にも特別な、大切なものがいてくれた」
黒い蝶のケムシは、暗闇に墜落しながら笑いました。
墜ちていく黒い蝶のケムシは、周囲にクモやミノムシ、バッタたちみんながいることに気づきます。
そこで、ケムシは、目を覚まします。
ケムシの前にクモが姿を現しています。
「ケムシくん、動け」
クモが叫びます。
「家の戸が開いたままだ。戸を閉めろ。このままだとケムシくんの体が危ない」
そこでケムシは、ほんとうに目を覚ましました。
ケムシの体が、激しく揺さぶられていました。
「ケムシさん、ケムシさん」
ケムシの体を激しく揺すぶっていたのは、クモの息子でした。