「もしかしたら、あの花もひとりぼっちなのかもしれない」
それまでのケムシは、花の孤独など考えたこともありませんでした。
いや、そもそも、花のことを個別に考えたこともありませんでした。
ケムシにとっての花とは、「食べ物の中の、あまり美味しくない部位」でしかなかったのです。
それでも、花も生きものであること、生きものであるのならば、心があるだろうということは、ぼんやりとは思っていました。
思えば、幾度かの春夏秋冬を過ごしたケムシは、たくさんの花を見てきました。
これまでは、ケムシにとって、特別な花などはありませんでした。
ところが、あの赤い花だけは、ケムシにとって特別な花になりました。
ケムシは、思いもかけず、クモのミノ作りに関わってしまったばかりに、ただのケムシではない、特別なケムシになってしまいました。
それでも、ケムシは、その運命を受け容れました。
家族を持つことがなかったケムシは、自分は、ひとりぼっちからは逃れられない運命だと思っていたからです。
あの花は、そんなケムシに、ケムシだけがひとりぼっちではないと思わせてくれました。
どんなにたくさんの花が咲こうとも、ケムシの中に咲く花は、あの花だけです。
「私にも、特別なものができた」
ケムシの胸に何かが流れます。
ケムシは、自分にも大切なものができたことを知りました。
そして、大切なものがあると、こんなにも幸せな気持ちになれることを。
「あの花に、声をかけたい」
ケムシは、思います。
それは、どんな言葉かはわかりません。
ただ、ケムシは、あの花がひとりぼっちではないことを、花を見ているものがいることを、花が咲いてくれて嬉しく思うものがいることを、花に知って欲しかったのです。
こんな気持ちには、何と名付ければ良いのでしょうか。
ケムシは、紅い花に近づきます。
ところが、そこに、雪が降ってきました。
白い蝶の姿のケムシは、降りしきる雪に紛れてよく見えません。
それでも、ケムシは、紅い花に近づきました。
紅い花の傍で、降りしきる雪の中で羽ばたく白い蝶のケムシ。
降る雪に花びらをすぼめてしまっている紅い花は、白い蝶に気づきませんでした。
ケムシは、そこで目が覚めました。
夢を見ていたようです。
「ぼくは、蝶になった夢をみていたのか。それとも、蝶がケムシになった夢をみていたのか」
ケムシは、変身しています。
今の体は、どう見てもケムシではありません。
ケムシの体は固くなって、もう、身動きができません。
ケムシは、誰かに体を触られているような気がします。
けれども、固くなったケムシの体は、触られている感覚も鈍くしか感じません。
それよりなにより、ケムシは眠くて眠くて仕方がありません。