やがて舞い降りた木の葉が、村をしきつめた頃、音楽祭の夜がやってきました。
ケムシの家に、ミノムシが誘いに来てくれました。
ミノムシは、ケムシのゆっくりとした歩みにあわせて、月明りの道を歩いていきます。
音楽祭は、今年も満月の夜に開かれます。
村長トノサマバッタの挨拶の後、バッタの指揮で、みんなが歌います。
そんなみんなの姿を見て、ケムシは、みんなのお父さんお母さんや、お爺さんお婆さんの姿を思い出します。
クモと一緒にいった音楽祭で「最後の歌」を歌った、みんなのお爺さんお婆さん。
クモのミノを着て、「春を迎える歌」を歌った、みんなのお父さんお母さん。
「そうか。どちらの歌も『悲しい歌』ではなかったのだな」
ケムシは、みんなの歌う顔を見て気づきます。
みんなは、それはそれは晴れやかな顔で歌っていました。
みんなが歌っていたのは、この世に生きた証の歌でした。
命をつないだ証の歌。
この世に生を受けて今まで生きてきたことを寿ぐ歌。
それがみんなの歌でした。
「ぼくは、勝手に『悲しい歌』だと決めつけていたよ」
冬を越すことができたケムシは、冬を越すことができないみんなのお爺さんお婆さんのことを悲しんでいました。
クモのミノを着て春を見たいと願った彼らの夢は叶いませんでした。
みんなに春を見せようとしたクモの願いも、叶うことはありませんでした。
けれども、彼らは間違いなく生きていました。
今、ケムシの前で歌っているみんなこそが、彼らが生きた証です。
今、みんなが歌う歌は彼らが繋いだ命です。
「ああ、この音楽祭とは、再会の場であったのだ」
思い出しさえすれば、今はいないみんなとも、また、こうして、会うことができるのです。
ケムシの胸はみんなでいっぱいになりました。
月が傾いて音楽祭は終わりました。
みんなはこの曲を最後に、クモのミノを着て冬眠に入るのです。
春を見るために眠るのです。
月夜の蒼い道を、ケムシはミノムシと一緒にゆっくりと帰ります。
「良いお祭りでしたね。ぼくもあの歌を子守歌にして、ゆっくり眠ります」
ミノムシも、冬が深まると冬眠します。
そして、ミノムシは、春が来るとミノ蛾へと変わるのです。
この村で冬眠しないのは、今ではケムシだけなのです。
「ケムシさん。今年の冬のカミサマは、ずいぶんと厳しいようです。どうでしょう。ケムシさんも冬眠なさったら」
おずおずというミノムシに、ケムシがにっこりこたえます。
「はい。そのつもりです」
「え」
「実はね。クモさんに、ミノを作ってもらうのです」
ケムシは、いたずら話を打ち明けるようにこそこそ話します。
「クモさんと約束しました。今度、私にもミノを作ってくれるという約束を」
ミノムシの顔がぱああと晴れます。
見上げるとまんまるのお月さま。
「ぼくが月を見ると、月もぼくを見る。カミサマ、ぼくをお守りください。カミサマ、月をお守りください」
ミノムシが浮かれた声で歌います。
明るく輝く月の下、ケムシとミノムシは、ゆっくりと家に帰りました。