みんながミノをそれはそれは大切にあつかっていたからか、クモのミノを繕う作業は翌日の午前中には終わってしまいました。
散らかった木の葉の屑を片付けながら、クモがケムシに微笑みます。
「不思議ですね。このミノを着て春を待つみんなの姿を思い浮かべると、なんだかとても静かな、やさしい気持ちになるんです」
ケムシも微笑みます。
「きっと、父もこんな気持ちでミノを作ったんでしょうね」
ケムシは窓から空を見上げます。今日も空いっぱいの秋です。
「今年の音楽祭も盛大になりそうです。今では『お別れの祭典』ではなく、『春を迎える祭典』になったわけだけど、それでも最後の歌であることには変わりない」
「そうなんですね。わたしもききたいなあ」
窓の外を見ていたケムシは、そういうクモの顔をみます。
「え。音楽祭は、もうすぐです。それまでここにいればいい」
「早く帰ってぼくの村のみんなに、ミノを作ってあげないと」
「ああ、そうか。それはそうですね」
ケムシが微笑みます。
「あなたは、まるでお父さんのようだ」
「はは。ぼくの中には今でも父がいるんですよ。それに、また来ます。ケムシさんに会うために、必ず来ますから」
それからの時間は、ミノを受け取りにきた村のみんなとのやりとりであっという間にすぎていきました。
夕方、クモは旅立ちました。
クモは夜通し歩いて隣村に帰ります。
別れ際に、ケムシはクモにいいました。
「今度、ぼくにもミノを作って欲しいのですが」
「ああ。ミノを」
「はい。ぼくもミノがあれば、もっと冬を楽に越すことができるようになるでしょうからね」
「なるほど、もっと早く気がつけば良かったです」
「いやいや、ぼくも今の今まで気がつかなかった。今、思いついた」
「ああ、わかりました。今から作ります。なに、ケムシさんのミノを作ってから帰りますよ」
「いや、いいんだ。また今度、で、いいんです。うん。また今度、が、いいんです」
そう笑うケムシに、クモも笑います。
別れの気持ちが次の約束のおかげで、明るくなりました。
「そうですね。『また、今度』、ケムシさんに会いに来て、ケムシさんのためにミノを作ります」
クモはケムシの手を握ります。
「冬が来る前に、必ず来ます」
それからしばらくして、村のみんなは散歩するケムシを見かけるようになりました。
お天気の良い日には白菊の丘あたりで見かけたりもしました。
秋の日差しの中をゆっくりと進むケムシさまの姿を、遠くから拝むものをいます。
ケムシの姿を見たみんながみんな、ほかほかした気持ちになるのでした。