咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

神様になったくも.11

ケムシさんは、毎日毎日、遠くから聞こえてくる虫達の声に、

みんなのことを思い出して、

そして、クモさんのことを思い出してくらしておりました。

ケムシさんには、たずねてくれる人も誰もいないし、

たずねてゆける人も誰もいませんでした。

ケムシさんは、ひとりぽっちで生きていました。

 

また木枯しの季節がやって来ました。

もう 虫達の声もあまり聞かなくなりました。

ケムシさんは知りませんでした。

音楽会はもう終ったのか、それともまだなのか。

ケムシさんは、ただクモさんや、みんなのことを思い出してくらしていました。

雨の降る夜も、霧の朝も、夜空いっぱいの星の晩も、

ケムシさんはみんなのことを思っておりました。

 

そうして、クモさんがこの世を去った日が、やって来ました。

 

「あれから一年」

ケムシさんはつぶやきます。

その日は、ひさしぶりによく晴れた、おだやかな日でした。

毛虫さんは、その日 一日パイプを吸わずに、一日に十杯もお茶を飲みました。

その日も静かに暮れてゆきました。

「あれから一年だね、クモさん」

 夜も静まりかえったころ、ケムシさんはひとりでつ ぶやきます。

その時です。

遠くの方で虫達の声がかすかに聞こえたような気がしました。

ケムシさんはちょっと首をかしげました。

耳をすますと、やっぱり聞こえます。

ケムシさんは戸を聞けてみました。

夜空いっぱいの星でした。

星たちがケムシさんをみつめているような夜でした。

遠くから聞こえていた虫達の声が、だんだん近づいてきました。

やがて、みんなの姿が見えてきました。

みんなは毛虫さんの家の前まで来ました。

「こんばんは、ケムシのおじいさん」

トノサマバッタ君がいいました。

バッタ君もコオロギ君も、スズムシ君もみんないました。

 

 みんなはミノを着ておりました。

 

「ケムシさん、ぼくたちはケムシさんと、そして、クモさんに聞いてほしくてやって来ました」

トノサマバッタ君がそういうと、バッタ君の指揮に合わせて、みんなでいっしょに歌い出しました。

ケムシさんは、胸がいっぱいになりました。

そうして、空をあおいでいいました。

「クモさん、聞こえるかい?」

 空いっぱいの星が、みんなをみつめるように、きらめいて。

「クモさん、聞こえるかい?」

もう一度、毛虫さんはいいました。

すると星いっぱいの果てしない空から、静かに静かに、雪が舞い降りてきました。

雪はひらひらと降ってきました。

「聞こえたんだね」

 ケムシさんは空をみつめたままでいいました。

 

星空の下、雪はしきりに降り続き、

虫達の歌はいつまでも聞こえておりました。