咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

2023-05-01から1日間の記事一覧

カミサマになったクモ・31

「また、父が現れたのです。そして、私にいいました。『村に帰ってケムシさんに会え』と。初めは意味が分からなかったのですが、郵便配達のバッタくんが、ああ、私の村のバッタくんですが、そのバッタくんが、この村の『神話』を噂話に話してくれたのです」 …

カミサマになったクモ・32

「ケムシさん、私が父の死を悔やんでいたことは、内緒ですよ」 クモはケムシにそう耳打ちすると、ケムシと一緒に家の外に出ます。 ケムシとクモが秋の日差しの中に姿をあらわすと、みんなの中から拍手が巻き起こりました。 代々村長をつとめるトノサマバッタ…

カミサマになったクモ・33

その日の夕方にはみんなのミノ、四十七着すべてがケムシの家に集められました。 みんながとてもとても大切に扱っているからか、ミノに大きな破れはありません。 それでも、冬を越えたミノの枯れ葉には穴が開くなどしていたので、繕う必要がありました。 その…

カミサマになったクモ・34

クモはミノを繕う手を止めます。 「けれども、まず、クモとは話もしない。ケムシは『クモに食べられる』と思うので」 クモが苦く笑います。ミノムシが肩をすくめます。 「ほんとうは、クモは毛に包まれたケムシは食べません。でも、そのことをケムシは知らな…

カミサマになったクモ・35

「私も、ケムシさんほどではないけれど、ミノムシさんよりは長く生きています。長く生きていると、何が起こるかというと、沢山の別れがあります。多くの命を見送ることになります」 「命を見送る」 ミノムシが繰り返します。 「ええ。別れの度に、悲しみに襲…

カミサマになったクモ・36

「何故ですか。ケムシさんの犠牲も讃えられるべきでしょう」 「おそらく、それは、ケムシさんの幸せではありません」 「え」 「いや、私が勝手に、そう感じるだけかもしれませんが」 「もしかしたら、ケムシさんは、クモさんのお父さんのミノ作りに協力した…

カミサマになったクモ・37

みんながミノをそれはそれは大切にあつかっていたからか、クモのミノを繕う作業は翌日の午前中には終わってしまいました。 散らかった木の葉の屑を片付けながら、クモがケムシに微笑みます。 「不思議ですね。このミノを着て春を待つみんなの姿を思い浮かべ…

カミサマになったクモ・38

やがて舞い降りた木の葉が、村をしきつめた頃、音楽祭の夜がやってきました。 ケムシの家に、ミノムシが誘いに来てくれました。 ミノムシは、ケムシのゆっくりとした歩みにあわせて、月明りの道を歩いていきます。 音楽祭は、今年も満月の夜に開かれます。 …

カミサマになったクモ・39

翌日、みんなが、ケムシに『おやすみなさい』をいいにきました。 これが村の冬眠前の儀式です。 最後の挨拶は、ミノムシです。 「ケムシさん、春までおやすみなさい。クモさんに、よろしくお伝えてください」 「はい。春に会いましょう」 ケムシもミノムシも…

カミサマになったクモ・40

そんなケムシの前に、あのクモが姿を現しました。 クモは、あの日のままの姿です。 「ケムシくん、わかるか。私の声が聞こえるか」 「ああ、ようやく会えましたね。クモさん」 「私は、ずっと、ここにいたのだよ」 クモがいいます。 「ケムシくんには見えな…

カミサマになったクモ・41

「生きるということは、ただ、それだけで、誰かの、何かの命を繋ぐことになるのだよ。だから、長生きすることは、あらゆる命を繋ぐカミサマになることにつながっている」 「カミサマにつながる」 「そもそも、カミサマは、私たちの外にいるのではない。いや…

カミサマになったクモ・42

「消えていくものを、必要以上に儚んではいけないと教えたよね」 クモが静かにいいます。 「それは、ただ、愛おしく思えばいいからなのだ。体は消えても命は消えない。命は記憶の中にある。だから、その記憶を、愛せばいい。それが、弔うということであり、…

カミサマになったクモ・43

「もしかしたら、あの花もひとりぼっちなのかもしれない」 それまでのケムシは、花の孤独など考えたこともありませんでした。 いや、そもそも、花のことを個別に考えたこともありませんでした。 ケムシにとっての花とは、「食べ物の中の、あまり美味しくない…

カミサマになったクモ・44

気がつくと、ケムシの体は、こんどは、黒い蝶になっています。 「やはり、ぼくはまた、夢を見ているのか」 とにかく黒い蝶のケムシは、真っ白な「はざまの世界」から飛び出します。 外は一面の銀世界。 雪景色に、ケムシの黒い蝶の姿は、よく映えます。 これ…

カミサマになったクモ・45

クモが夜通し駆けて隣村からやってきたのは、クモのところに、また、父親が現れたからです。 夢に父親のクモが現れて、ケムシの危機を告げたのでした。 それまでにも、クモは父親の夢を何度も見ていました。 父親は夢に現れるたびに、クモに生まれた村に帰る…

カミサマになったクモ・46

ケムシの体は、色が変わって固まってしまっています。 その体を地中に運び込もうと、蟻がケムシに群がっていたのでした。 この村の地下にある、女王蟻とその家族からなる蟻の王国では、前の冬から深刻な食糧難が起きていました。 冬になるとできるはずの虫の…

カミサマになったクモ・47

クモは、蟻たちが退散した戸を閉めます。 変わり果てたケムシの体に触ってみます。 そのケムシの体の表面にすうーと切れ目ができます。 なんとケムシの脱皮が始まったのです。 「そんな、まだ、春は遠いのに」 冬を越すクモは、ケムシが春には蝶に生まれ変わ…