咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・45

クモが夜通し駆けて隣村からやってきたのは、クモのところに、また、父親が現れたからです。 夢に父親のクモが現れて、ケムシの危機を告げたのでした。 それまでにも、クモは父親の夢を何度も見ていました。 父親は夢に現れるたびに、クモに生まれた村に帰る…

カミサマになったクモ・46

ケムシの体は、色が変わって固まってしまっています。 その体を地中に運び込もうと、蟻がケムシに群がっていたのでした。 この村の地下にある、女王蟻とその家族からなる蟻の王国では、前の冬から深刻な食糧難が起きていました。 冬になるとできるはずの虫の…

カミサマになったクモ・47

クモは、蟻たちが退散した戸を閉めます。 変わり果てたケムシの体に触ってみます。 そのケムシの体の表面にすうーと切れ目ができます。 なんとケムシの脱皮が始まったのです。 「そんな、まだ、春は遠いのに」 冬を越すクモは、ケムシが春には蝶に生まれ変わ…

胡蝶 1

「胡蝶でした」 そのイノチは気づいた時には、そう答えていました。 「この世」を離れて「この世」の姿を捨てた時には、一瞬、イノチの意識が遠くなりました。 その次の瞬間にはイノチの眼前いっぱいに青い狐面が現れました。 そして青い狐面から「この世」…

胡蝶 2

このクニではすべてのイノチは、「この世」での時間を使い果たすと、「この世」での姿を捨てて「あの世」に行きます。 他のクニ、「あの世」は遥か遠く離れた処だそうですが、ここでは、故郷の山の高みなどにあるようです。 そして、このクニのイノチは死ん…

胡蝶 3

他のクニの中には「神様」がただ一人しかいない国もあるようですが、このクニには「カミサマ」がたくさんいました。 あまつさえ、人として生まれても大成功した者や、時には悪行を為した者でさえも、その甚だしき者は神様として崇められ畏怖されました。 し…

胡蝶 4

ところで、青狐がイノチに質問したのには理由がありました。 「この世」に強い願いや思いを残したイノチは「この世」と「あの世」の間にある、ここ「はざまの世」の三間四方の正方形の舞台の上で、残した願いや思いを物語り、「はざまのカミサマ」に聞いてい…

胡蝶 5

その赤狐が呪文を呟きながら舞いをひとさし舞うと、イノチの姿形が見えてきました。 そこには可憐な紋白蝶が舞っていました。 「紅梅の紅には、白い翅が似合うだろう」 赤狐は面の下の口角を上げます。 紋白蝶は、はらはらちらちらと「はざまの世」を飛び回…

胡蝶 6

「さあて、これで紅梅と出会うことができたな」 赤狐は紋白蝶を見失った手前、早口で言いました。 「はは。いやいや、そうはいかぬ」 白狐が低く笑います。 「あれでは、出会ったことにはならぬ。互いに見合ってからこその出会い。紅梅は雪の中の胡蝶を見分…

胡蝶 7

「不思議な話だな。このままでは、らちが明かぬ。イノチよ、もう一度、紅梅の処へ行ってみよ」 白狐がイノチに言いました。 「ならば、是非もなし。ちと、力を貸せ」 赤狐の言葉に青狐と白狐がうなずきます。 三色の狐はイノチの周りを舞いながら一周します…

胡蝶 8

イノチは、またも「はざまの世」に戻りました。 狐達は不思議な敗北感に包まれました。 その時まで沈黙していた黒狐が、初めて声を上げました。 「胡蝶を名乗るイノチよ、お前の『物語』をきかせておくれ」 「胡蝶を名乗るだと、汝の名は何か?」 青狐の問い…

胡蝶 9

このクニでは、時は過ぎ去ってしまうものではなく、積み重なるものであると考えます。 そして、長く生きることは、カミサマに近づくことだと考えられています。 なにしろ道具でさえも、長い時を経たものには「付喪神」というカミサマが宿ると考えられたほど…

胡蝶 10

「だから、もしも紅梅との別れの時がきたとしても、その別れを悲しむよりも、紅梅と出会えたという奇跡こそを寿ぐことができるだろう。我は、そう思いました」 一方、紅梅には冬蛾は見えません。 紅梅にとって冬蛾の姿は雪の中の枯れ葉にしか見えません。 相…

胡蝶 11

しかし、最初に咲く花は誰にもその美しさを愛でられることはありません。 紅梅は、己の美しさへの祝福を受けることなく孤独に咲いては散ってゆきます。 だからこそ伝えたい。イノチは強く思いました。 「美しい。あなたは美しい」 その時、黒狐が叫びます。 …

胡蝶 12

砕け散った凍蝶は、のような粉となって紅梅に降り注ぎました。 イノチは、自分があたたかい風になって、紅梅を包み込んでは吹き抜けたような気がしました。 『我は、春風になったのか?』 遠ざかる意識の中で、イノチはそう思いました。 紅梅は、確かにあた…

胡蝶 13

「語りきったか」 青狐が吐息交じりに言います。 「紅梅は、自分が美しいということを知らなかった」 黒狐の唇が赤く咲きます。 「紅梅はあらゆる花に先駆けて咲く花。紅梅への祝福は、あらゆる花への祝福となる」 赤狐が顔を上げます。 「美しいという言葉…

神様になったくも.1

冬の静かな夜にはこんな話しがあります。 ある所に虫の村がありました。人間の町があるのですから、虫の村もあります。 そして、そこに、クモの仕立屋さんがおりました。 この仕立屋は8本の手足を使い、上等の糸で仕事をするので、たいそうはんじょうしてい…

神様になったくも. 2

「どうしたんだい。中におはいりよ」 声をかけてくれるのは、クモさんといっしょに住んでいるケムシのおじいさんでした。クモさんは、ケムシさんの毛を針に使っていました。 「ああ」 クモさんは、ふりむいて暗い部屋に入りました。 冷たくなった秋風が、ク…

神様になったくも.3

翌日も、昨日と同じ、高い秋空の日でした。 クモさんもケムシさんも、何もなかったような顔をして黙っておりました。 クモさんは、朝早くから忙しそうに仕事をしていました。 誰でも、 悲しいことや、せつないことがあった時には、何かを一所懸命にやるもの…

神様になったくも.4

それからしばらくして、音楽会の日がみんなに伝えられました。 いつもの年よりも早い音楽会でした。 音楽会までの問、クモさんもケムシさんもいつもと同じ様に、つまりクモさんは一日に10回はお茶を飲んで、ケムシさんは一日中パイプをふかしてくらしてい…

神様になったくも.5

その翌日も素晴らしくいいお天気でした。 真赤に染った木の葉に柔らかな秋の陽がさしておりました。 「おはようございます」 ミノムシ君がにこにこしながらやって来ました。 昨晩帰りがおそかったので久しぶりに朝寝坊をしてしまったクモさんは、朝のお茶の…

神様になったくも.6

そしてそれからすぐに、お茶をぐいっと飲みほして、ちいさな野原のすみにあるバッタ君の家へ行きました。 バッタ君は、もうびっくりしてしまいました。 「冬がこせるのですか? ぼくが? ぼくが?」 バッタ君は、もうあきらめていたのでした。 そのための音…

神様になったくも.7

翌日、 がやがやという虫達の声で、二人は目をさましました。 まだお日様が登りきっていないような早い朝でした。 クモさんとケムシさんは何だろうと思って戸を聞けてみると、家の前にはコオロギ君やスズムシ君たちがいっぱい来ていました。 「どうしたんで…

神様になったくも.8

それからクモさんは、朝早くから夜遅くまで、ひたすらミノを作りました。 ケムシさんが用意してくれた食事やお茶も、そのまま冷たくなっていることがしばしばありました。 十着目までは、すぐできました。 二十着をすぎて二十八着目になると、それまで赤や黄…

神様になったくも.9

いつもの年よりも早い初雪が、村に積っていました。 悪い夢でもみているような気になったケムシさんは、おおいそぎでバッタ君の家へ行きました。 それから村長の家へ、コオロギ君達、みんなの家へ。 みんなは、雪にたえられるほど、強くはありませんでした。…

神様になったくも.10

その年の冬はとても厳しいものでしたが、それでも春はやって来ました。 バッタ君達が夢にみていたような、素敵な春でした。 春がすぎて、ひまわりの花がまっしぐらに太陽をめざすようになった頃、 バッタ君達の子供が生まれました。 コスモスの花が、 はにか…

神様になったくも.11

ケムシさんは、毎日毎日、遠くから聞こえてくる虫達の声に、 みんなのことを思い出して、 そして、クモさんのことを思い出してくらしておりました。 ケムシさんには、たずねてくれる人も誰もいないし、 たずねてゆける人も誰もいませんでした。 ケムシさんは…

はざまのカミサマ 1

むかしむかしのこと。 そのクニにはたくさんのカミサマがいました。 そのクニでは、「命はいつかはみんなカミサマになる」と思われていました。 そうです。命があるものとは、人だけではありません。 けものや蛇や虫や草木や花も、時が満ちるとカミサマにな…

はざまのカミサマ 2

はざまのカミサマの世界は、 たとえば、昼と夜のはざまの「黄昏」のように曖昧な世界です。 たとえば、夜と朝のはざまの「夜明け」のような刹那の世界です。 そんな世界に、はざまのカミサマはいつでもいます。 はざまのカミサマには三人のが従者がいます。 …

はざまのカミサマ 3

このクニで、狐がカミサマのお使いになったのは、 このクニの人たちがお米を食べるようになった頃かもしれません。 人々は、稲穂と同じ黄金色をしたケモノのことを「特別なイキモノ」だと思いました。 このクニの人々は、あらゆるモノは年を経ると「カミサマ…