咲きも残らず 散りもはじめず

今日見ずは くやしからまし 花ざかり 咲きも残らず 散りもはじめず               ー満開に咲く花を歌った古歌よりー

カミサマになったクモ・15

ケムシは、クモを葬りました。 「クモさん。ぼくは、まだまだ、ケムシのままだよ」 ケムシはそれから、バッタを、トノサマバッタを、みんなを葬りました。 ケムシは虫たちの亡き骸を、小石や木の葉のない剝き出しの地面に横たえます。 それが、虫たちのお弔…

カミサマになったクモ・16

冬眠に入ってからのミノムシは、木の枝にぶら下がって、うとうとと、半分は眠りながら半分は覚めながら、みんなのことを見守っていました。 ミノムシは、眠りの中で夢をみます。ミノムシは、ケムシと話した時の夢をみていました。 あれは、音楽祭の翌日、ク…

カミサマになったクモ・17

「大変なことになったね」 「村の虫たちみんなに、春をみせるなんて、間違いなく、カミサマの罰があたりますよ」 こんどの夢は、クモの家です。 村長との約束で、村のみんなのミノを作ることになったクモが、木の葉の調達に外に出ている間に、ミノムシが糸を…

カミサマになったクモ・18

ところが、そんなミノムシの前に、クモがするするすると現れたのです。 木の枝からぶら下がるミノムシの前に、糸にぶら下がったクモが現れたのでした。 「あれえ、クモさんがいる。え。じゃあ、あれは、やっぱり、夢だったのか」 混乱するミノムシに、クモが…

カミサマになったクモ・19

「クモさん。聞いて。聞いてください」 ミノムシは、必死です。 「カミサマは、私たちの幸せを祈ってくれるはずでしょ。だから、罰など与えるはずはない。カミサマは、誰にも罰を下したりしませんよ。そうです。そうに、決まってます」 「ならば、何故、間に…

カミサマになったクモ・20

ミノムシは、また、目が覚めました。 「広場のみんなの亡き骸。現れたクモさん。どちらが夢だったのか。どちらも夢だったのか」 ふと、ミノムシの背中が冷たくなります。 「いやいやいやいや、もしかしたら、おれのほうが死んでしまったのではないか」 すっ…

カミサマになったクモ・21

その冬はとても長く厳しいものでした。 それでも春はやって来ました。 まずは、甘い香り。 それは、雪の中に咲く紅梅。 ケムシは、冬を割って咲く赤い花を見て、春が来たことを知ります。 ケムシは、ひとりで春を見ました。 ほんとうならば、一緒にいるはず…

カミサマになったクモ・22

やがて賑やかな夏がやってきました。 その頃、バッタたちの子どもたちが生まれました。 向日葵がまっすぐにお日様を見つめる頃でした。 子どもたちは遊んでいる広場で、針毛の塊と枯葉の塊を見つけます。 子どもたちが遊んでいると、いつの間にか、針毛の塊…

カミサマになったクモ・23

「これはね。みんなが春を見る為のものだ」 ミノ蛾はいいます。 「春ってなんですか」 トノサマバッタがたずねます。 「春はねえ、とても素敵なものだよ」 みんな、わかったような、わからないような。 「そして、これはね」 ミノ蛾は、言葉を探します。 「…

カミサマになったクモ・24

季節はめぐり、また木枯しの季節がやって来ました。 虫たちの声も、あまり聞かなくなりました。 秋はどんどん深くなりますが、ケムシに音楽祭の日取りを知らせにくるものは誰もいませんでした。 ケムシには便りをくれる相手もいないので、郵便屋のバッタも配…

カミサマになったクモ・25

世代交代が終わったそんな虫たちの村の夏も暑さの峠を越して、向日葵の花たちがうつむき始める頃に、村のみんなはケムシが病気になったことを知りました。 村のみんなは、ケムシが「普通のケムシ」ではないことを知っています。 普通のケムシは、冬が過ぎた…

カミサマになったクモ・26

ほんとうならば、ミノ蛾になった時には、ミノムシの頃の記憶は失われます。 けれど、あのミノ蛾はミノムシの時代のことを覚えていました。 正確にいうと、ミノ蛾がミノを見た時に、記憶が蘇えったわけですから、ミノムシ時代の記憶は失われたわけではなくて…

カミサマになったクモ・27

「ありがとうございます。今日はずいぶん気分が良いです」 「それは、嬉しいことです。みんなに伝えます。みんな、心配してますからね」 「ああ、ちょっと窓を開けてくれませんか」 ミノムシは振り返って、壁の小石の隙間の木の葉を外します。 小石の隙間か…

カミサマになったクモ・28

秋も深まった晴れた昼下がりでした。 ケムシは家の戸を叩く音に戸を開けました。 「クモさん」 開いた戸の向こうを見たケムシは、そういって立ちすくんでしまいます。 そこには、あの懐かしいクモが立っていたのでした。 「クモさん」 ケムシは戸を大きく開…

カミサマになったクモ・29

クモはしばらく黙って立っていましたが、手を胸の前で組んで話します。 「こんなことを話して、信じていただけますでしょうか」 笑顔のケムシに、クモは、まっすぐに続けます。 「あの、私は、父にいわれてここにきたのです」 「クモさんに」 「はい。私のと…

カミサマになったクモ・30

クモは、朝の光の中で、父親の影を見たのといいます。 その影は「ミノを作ったのは、お前を喜ばせるためだった」というとかき消えたのでした。 「初めは、何のことか、わからなかったのです。その後、冬が来て、春になってケムシさんからの手紙で、父の死を…

カミサマになったクモ・31

「また、父が現れたのです。そして、私にいいました。『村に帰ってケムシさんに会え』と。初めは意味が分からなかったのですが、郵便配達のバッタくんが、ああ、私の村のバッタくんですが、そのバッタくんが、この村の『神話』を噂話に話してくれたのです」 …

カミサマになったクモ・32

「ケムシさん、私が父の死を悔やんでいたことは、内緒ですよ」 クモはケムシにそう耳打ちすると、ケムシと一緒に家の外に出ます。 ケムシとクモが秋の日差しの中に姿をあらわすと、みんなの中から拍手が巻き起こりました。 代々村長をつとめるトノサマバッタ…

カミサマになったクモ・33

その日の夕方にはみんなのミノ、四十七着すべてがケムシの家に集められました。 みんながとてもとても大切に扱っているからか、ミノに大きな破れはありません。 それでも、冬を越えたミノの枯れ葉には穴が開くなどしていたので、繕う必要がありました。 その…

カミサマになったクモ・34

クモはミノを繕う手を止めます。 「けれども、まず、クモとは話もしない。ケムシは『クモに食べられる』と思うので」 クモが苦く笑います。ミノムシが肩をすくめます。 「ほんとうは、クモは毛に包まれたケムシは食べません。でも、そのことをケムシは知らな…

カミサマになったクモ・35

「私も、ケムシさんほどではないけれど、ミノムシさんよりは長く生きています。長く生きていると、何が起こるかというと、沢山の別れがあります。多くの命を見送ることになります」 「命を見送る」 ミノムシが繰り返します。 「ええ。別れの度に、悲しみに襲…

カミサマになったクモ・36

「何故ですか。ケムシさんの犠牲も讃えられるべきでしょう」 「おそらく、それは、ケムシさんの幸せではありません」 「え」 「いや、私が勝手に、そう感じるだけかもしれませんが」 「もしかしたら、ケムシさんは、クモさんのお父さんのミノ作りに協力した…

カミサマになったクモ・37

みんながミノをそれはそれは大切にあつかっていたからか、クモのミノを繕う作業は翌日の午前中には終わってしまいました。 散らかった木の葉の屑を片付けながら、クモがケムシに微笑みます。 「不思議ですね。このミノを着て春を待つみんなの姿を思い浮かべ…

カミサマになったクモ・38

やがて舞い降りた木の葉が、村をしきつめた頃、音楽祭の夜がやってきました。 ケムシの家に、ミノムシが誘いに来てくれました。 ミノムシは、ケムシのゆっくりとした歩みにあわせて、月明りの道を歩いていきます。 音楽祭は、今年も満月の夜に開かれます。 …

カミサマになったクモ・39

翌日、みんなが、ケムシに『おやすみなさい』をいいにきました。 これが村の冬眠前の儀式です。 最後の挨拶は、ミノムシです。 「ケムシさん、春までおやすみなさい。クモさんに、よろしくお伝えてください」 「はい。春に会いましょう」 ケムシもミノムシも…

カミサマになったクモ・40

そんなケムシの前に、あのクモが姿を現しました。 クモは、あの日のままの姿です。 「ケムシくん、わかるか。私の声が聞こえるか」 「ああ、ようやく会えましたね。クモさん」 「私は、ずっと、ここにいたのだよ」 クモがいいます。 「ケムシくんには見えな…

カミサマになったクモ・41

「生きるということは、ただ、それだけで、誰かの、何かの命を繋ぐことになるのだよ。だから、長生きすることは、あらゆる命を繋ぐカミサマになることにつながっている」 「カミサマにつながる」 「そもそも、カミサマは、私たちの外にいるのではない。いや…

カミサマになったクモ・42

「消えていくものを、必要以上に儚んではいけないと教えたよね」 クモが静かにいいます。 「それは、ただ、愛おしく思えばいいからなのだ。体は消えても命は消えない。命は記憶の中にある。だから、その記憶を、愛せばいい。それが、弔うということであり、…

カミサマになったクモ・43

「もしかしたら、あの花もひとりぼっちなのかもしれない」 それまでのケムシは、花の孤独など考えたこともありませんでした。 いや、そもそも、花のことを個別に考えたこともありませんでした。 ケムシにとっての花とは、「食べ物の中の、あまり美味しくない…

カミサマになったクモ・44

気がつくと、ケムシの体は、こんどは、黒い蝶になっています。 「やはり、ぼくはまた、夢を見ているのか」 とにかく黒い蝶のケムシは、真っ白な「はざまの世界」から飛び出します。 外は一面の銀世界。 雪景色に、ケムシの黒い蝶の姿は、よく映えます。 これ…